雑記

考えすぎず、考える。バランスの取れた思考法とは【思考のムダの省き方】

今回は思考法の記事になるよ。

自分は比較的よく考えるほうだけど、考えすぎて無駄になる思考が散見される気もするので効率の良い思考法などを考えていきたいと思う。

思考を抑える構造を作る(根本的な問題の解決)

考えるだけではどうしても解決しない、肉体労働というわけではないけど行動量が大事になるものというのは存在する。

例えば自分の『カイット共和国』ブログだったら「方向性を直すことを考えるのは累計1000記事書いてから」とか決めてしまう。

成長とかは大事だけれど、自分はブログについての知識や実戦量はそこそこ以上にあると思うし、毎度思考停止して書いているわけでもない。

結果が出ないと焦って考えがちだが、その辺に無駄が隠れている気がしてならない。

つまり、思考とは行動が伴(ともな)ってありきなのである

ここは肉体労働だな、という地点を決める

ぶっちゃけ、思考がこれっぽっちも介在しない(言い過ぎだが)仕事は出てくる。

厳密にはいろいろやっているのだが、真の意味で『人間が考える(ドヤ顔)』とは言えない領域の行動たち。

『あんまり考えなくてもできるけど、時間だけはかかる』というのは軒並み肉体労働だと決めてしまって良い

自分からすれば、英単語を覚えたり高校レベルの比較的優しい数学の問題を学んだり、ゲームをしたりはよほどの局面でない限り肉体労働に入る。

本当に頭が良ければ、そういうのは省き倒して済む方法を模索してしまえるのかもしれないが、自分はまだまだ工夫の途中だ。

とりあえず『イシューからはじめよ』なんかを読んでいる(笑)。

考え方が細かければ、どこからが細かい思考なのかを決める

これは個人の感覚的なものになるけれど、「なんか細かいこだわりに入ってしまったな」と思ったら思考をいったん停止して、休憩をするか行動に移すかをしたほうがいい。

ほぼ杞憂(きゆう)な考えというのはあるもので、思考だけして1ミリも行動しないのはまずい。

何事も考えすぎな人は、大雑把なくらいがちょうどいい気がする。

人を見下さない思考法

結論、そういう見下したくなる相手には「なんか苦手なこと言ってくるなあ(行動してくるなあ)」くらいの考え方を持つ程度で良いと思う。

見下したくなる相手は相手で、本当になにも考えていないのかもしれないし、あるいは両者などで複雑な事情が絡まっているのかもしれない。

こちらの劣等感の裏返しになっていたり、相手も相手で考えてはいるのだけれど表現の仕方が悪い、とかね。

他人を上手く操縦しようとするのは早々と諦めるのが良いと思う。

他人はコントロールできない。

本当に馬鹿な人には良い結果がつかないし、実際を見たらだいたい分かるからそれ以上は考えなくていい。

まとめ 考えただけでやった気になるな

理論上正しいのと現実的に有益か、他の人などに受け入れられるのかは全くの別だろう。

行動は最小限でも良いかもしれないが、その『最小』とは何なのか見極めるのは重要。

個人的にはあんまりスマ―ト過ぎる生き方よりも、日々を楽しく生きて頑張れているほうが良いかなー、とは思うが。

以上!