雑記

【幸福論】毎日を最高に幸せな日に変える方法

今回は『毎日幸せになる方法』、『1日だけ(突発的な)幸せに意味はない』、こういったテーマで記事を書いてこうと思う。

子どもの頃は誕生日のお祝いや、クリスマスプレゼントを貰った日などは不思議な気がして最高に幸せになった人も多いと思う(自分もその1人だと思う)。

この幸せが毎日続けばな―、とか思うかもしれないけど、そんなことは無論ないわけで。

短期間だけ幸せになっても、その後が辛くてイーブンだと思う。

毎日を特別な日に変える方法

あって当然だと思っているものを、そうではないと考え直すこと。

そして、感謝する

これが最重要。

不幸を嘆く人は傲慢な人が多いと思う。

本当にひどい目に遭っている人は例外だけど、大半の人の不幸嘆きは圧倒的な感謝不足からきている。

次項からは経験談も交えて、これについて深堀りしていく。

自分が病気になって得られたこと

この記事を書いているブログ主の書い人は精神病(統合失調症)だけど15歳くらいから27歳くらいまで暗黒期を過ごした(現在29歳)。

当時は原因不明に勉強ができなくなったり(認知機能の大幅な低下)、すさまじい幻聴が聞こえたり(1日中)、とにかく人生がめっちゃくちゃになった。

例えるなら、天然で(超)過酷な修行僧をやらされている感じかな?

結果、投薬・服薬などをして快方に向かったのだけれど、普通に生きられる、あるいは並からだいぶ下でも自由に生きらるようになって幸せになった。

良くも悪くも、病気のせいで一般社会のレールから外れるを得なかったが、代わりに自由に生きる道を強制的に選ばされたわけだ。

収入はまだまだだけど、ちゃんと頑張る。

幻聴がないというだけで幸せな気分だし、案外普通って幸せ(本当に普通かはさておき)なんだな、と思い直している。

特別な英雄・英傑、国のヒーローやリーダーになれなくとも、自分は世界一の幸せ者だと思う日は多い。

そんな都合良く(悪く)不幸になれないよ!

まあ、そうだよね。

自分の場合は特別なんだと思う。

軽く1万回以上の希死念慮を乗り越えて解脱風になった感じ(それでもまだ不完全)だから、普通の人は経験することはないと思う。

というわけで、普通程度に幸せと苦しみがある人に毎日幸せになれる方法を探っていきたいと思う。

自分はもう死んだとものだ、そう思って生きる

自分自身、あまりに辛すぎて、生きているのか死んでいるのか曖昧なレベルになったことが多々ある。

死んだ気になればなんでもできる、とまで断言はできないけれど、一般社会の要請を無視して好きに生きるのは重要(もちろん公序良俗に反する、犯罪などはNG)。

要するに生への執着をなるべく減らしていくということになる。

人間は100%(必ず)死ぬ。

その上でなにをするべきか、あるいはしたくない(しない)ことを決めるのが重要だろう。

死への覚悟(備え)をしておく

100%死ぬというのを忘れてボサらっと生きている現代人は多いと思う。

それで、いよいよ死ぬ段になって「ああしておけばよかった」と後悔する。

死を前にする人に向かって言うのは気が引けるけど、超絶間抜けじゃねえ?

自分は、将来設計もするけど、同時にいつ死んでも幸せだったといえるような生き方を心がけている

死を念頭に置いて生きれば、幸せになれる

ただ死に対して怯えたり、不安になるのではなく、真っ向勝負をするのが重要

来やがれ『死』!!

自分はもう腹を括(くく)ったからな!

と、ある意味、毎日が走馬灯のような感じで生きてみる。

死への恐怖を克服できればもう、怖いものなしだ。

(まー、自分はホラー映画とか苦手だし、実際は死ぬより怖かったり悲惨だったりすることはそれなり程度にはあるんだけど、こればっかりはどうしようもないので割愛する)

まとめ 死の意識もコントロールできる人間が幸せ者だ

死ぬって嫌じゃん? 怖いのが普通

でも、そういう気持ちと面と向かって、制御(コントロール)できるようになるのは凄く強い人だと思う。

生きているってそれだけで感謝だ。それに気づける。

普段から死と対決している人が(意識を向けるだけで、さほど難しくはない)、ちょっと人間関係がこじれたりした程度とかで悩むわけがないとも思う。

死との対決は、誰でも幸せに慣れる良い訓練になると思う。

 

もっと上手な言葉で深堀りしたり、他の観点から別の記事を書いてみたいけど、今回はここまで!

以上!