雑記

『最新』と呼ばれるものに、あまり興味が持てない

自分は最近、特に『最新作』的なものを追いかけなくなったので、いろいろ深堀りしていくよ。

似たような人の『気づき』に繋がれば、幸いだなと思う。

昔の作品すら追いかけきれていない

一昔以上前のアニメ、漫画、ライトノベル(小説)、ゲーム、いろいろありすぎる。

楽しいことがたくさんある、というのは良いことだけど、古くなりすぎて風化させるのもよくないのでここらで消化していく感じはある。

思いつく限りでもアニメ『遊☆戯☆王』シリーズは何百話もある……。

漫画やライトノベルはシリーズものが多いため、追いかけるのにはやる気・気合いがいる。

『いつの間にか読んでいる(いた)』というのが理想的だけど、初めから自分にジャストフィットする作品は少ないので、じわじわ攻(せ)めていきたい。

最新はすぐに古くなる

そんでもって打ち捨てられたりね。

消耗品扱いの商品なんてしょうもない。

見るに値するか、『鑑定』するのが面倒くさいというのは大きいな。

ある程度時間が経って人気が出ている作品の方が安心して見ることができる。

時間がもったいないと思っている

タイムイズマネーどころか、時間は全てだと思う。

時間をかなりケチる時間吝嗇家(りんしょくか、ケチのこと)が自分。

でも、使うべきときに使わないと結局無駄になってしまうのだろう。

かなり、ボーッとしていたりね(よくあります)。

精神的に(つまり脳が)調子が悪かった時期が長かったから、脳を休めさせるにはいいのだけれど。

受け身は悪なのか?

今まで挙げたことは全て受動的(受け身)で接するものばかりになる。

自分は能動的に動く(創作系など)ことも多く、ブログ・サイト執筆はもちろん料理をしたり、小説を書いたり、作詞・作曲をしたり、ゲームを作ったり(頭の体操レベル)など、いろいろしている。

受動的だろうが能動的だろうが、その人が楽しければそれでいいのだとは思う。

決して、悪ではない。

実際のところは、「これって無駄な時間なんじゃないかな……」と思い悩むというか「やっているフリ」をして頭ボーッとさせている時間がかなりを占めている気がする(自分、書い人の場合)。

名作に触れすぎるのも、危険かもしれない

これは別記事で深堀りできそうだけど、『名作』と呼ばれる作品(各媒体・メディアの)は相当に蓄積されている気がしてならない。

「えー、それってとっても良いことじゃん」。はい、それが普通の感性だと思います。

自分は創作を主に活動しているので、あまり素晴らしすぎる作品に触れすぎるのはクリエイターとして精神(脳)に負担がくるということが有り得そうなんだな、これが。

書い人はHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン、要するに『むっちゃ感受性の強い人』)的な部分(気質)が強くあり、刺激を受けすぎると脳がやられます

名作』はほどほどの摂取にしているつもりだけど、もっと楽しみたいなーと思っている。

脳がすぐに疲れるのは仕方がないが、興奮しすぎなんだろうな。

無感動症(?)になるよりはよほど良いけれど。

一番楽しいものをあえて外すのは、精神衛生上正しいと思う(ちょっと悲しいけど)。

以上!