創作

【速読型の人向け】平凡に小説を楽しむ方法【あなたは頭が良い】

結論:娯楽用の小説の速読は、今すぐ止めるべき。

今回は比較的、読書の速度(スピード)が速い(早い)人向けの記事になるよ。

既に十分小説を楽しめている、という方は回れ右するか、この記事を読んで未知の世界に触れると良いかも。

頭の良い人がついついやってしまいがちな、楽しめない(小説の)読書法と楽しみ方・治し方について書いていくよ。

前提:読書が速いのは(おおむね)良いことだ

自分の場合で恐縮だが、自分は文章をざっくり眺めて必要そうな単語を探し出すの向いている、そういう頭の構造をしている。

また、文章の構成などを素早く読み取り、1枚の絵みたいにして理解する、という能力も持っている。

ぱぱぱっと文章を読んで、ざっくりと「こういうことね、だいたい理解した」となる、本の要約サービスが始めから頭にインストールされている感じ(実際の要約サービスよりは幾分不正確だろうけど)。

生まれつき、ただの読書ができない人、とも言える。

自分の中では本が速く読める=良いことという図式があり、国語の授業でもそちらのほうが有利だったためか、なんの間違いとも思わなかった。

ビジネス書などを読んで知識などを蓄える分には何の問題もないのだが、趣味・娯楽として読書を捉えた場合は、この読書スピードの速さは非常に相性が悪い。

解答を探して、小説を読まないほうが良い

読書家の方には言うまでもないかもしれないけど、小説にはなにか明確な答えを求めて読まないほうが良い。

自分は小学校の高学年あたりから小説に触れたけど、当時は全く読めず。

これについては、小説を、問題集かなにかのように扱ったのが大きな問題だったと思う。

「これを読んだらどんな成長ができるのかな。なにを学べるんだろう」とか。

結論から言うと、大半の小説は楽しいだけで特に実用性はない

ぶっちゃけ、そんな頭の良い人が書いたものでもない、という考えは実は大事(失礼にならない程度に、心に留めておく)。

頭のギアを変え、ローギア(低速)で読む

要するに、多少思考力を抑えて、じっくり文章と向き合うということ。

この頭のスピードの切り替えは、自分にとっては非常な困難だった。

頭の良さに下手な自信やプライドがあるせいか、『頭の回転を落とす』という考え方がまるで理解出来ず、せいぜい他人と会話を合わせる程度(でも、凄くストレスになりやすい)。

また国語のテストでは、小説を読むよりは若干早いくらいのスピードでなんとかなると思った(大学入試用の現代文の問題・解答をさっと読んでみた)。

可変式の、柔軟な思考スピードの脳でありたい。

時間はムダでもしょうがない(経過を楽しむもの)

こういう割り切りは重要だと思うよ。

本を読んでいる間、「ああ楽しいなあ。心がリフレッシュするなあ(あるいはハラハラドキドキするなあ、とか)」そういう気分になれるのは、精神の衛生上にも非常に良いことだと思う。

結果的に何が得られたかではなく、シンプルに心の食事のようなものとして読書を捉える。

(娯楽)小説を読む上では、なによりも大事なことだと思う。

おまけ 小説の書き方も同じ

要するに、という言葉は禁句なくらい、要約的な考え方を持たないほうが良い。

あまりに文章が散漫になるとかだったら、手綱(たづな)を締め直すくらいで良いと思う。

はっきりいって、自分の読書能力は生まれつき異常だと思う。

変すぎるというか、役立つ場面も確かにあったけど1文字1文字を追うのには非常な困難を生んでくれた。

それについてはかなり自覚を得たので、これからの創作活動に役立たせていきたいと思う。

おまけ2 数学の勉強にも応用できる

数学と読書力はあまり関係ないと思われるかもだけど、大アリだよ。

数学の本などは、徹底した隙(すき)のない論理構造で書かれており、手っ取り早く要点を絞ろうとすると逆に失敗しがちだと思う(なにせ、全文が要点だ!)。

問題、解答、参考文献の全てをじっくり全部読める人のほうが、案外良い結果は出せるのかもね。

ある程度学問が進むと、理解のための抽象的な思考なども必要だろうし、不勉強なので大学・大学院レベルについてはまだなんとも言えない(いずれ堂々と書きたいな)。

おまけ3 この記事を書いたきっかけ

文章が主体の、小説のようなアドヴェンチャー・ゲーム(ADV)を楽しんでいたのだけど、あまり文章の表示スピードが速くなく(スピードは変更できるけど、面倒で今のところせず)、じっくり物語に入ることができた。

他の小説も1文字1文字を追いかけるようにじっくり(一部だけでも)読んでみたら、けっこう得るものがあったと思う(素直に楽しめた)。

自分は小説というものに時間をかけなさすぎだったのかな、と反省した話である。

以上!