雑記

【幸福論】数字ばかりを見ていると不幸になるよ、という話

今回は幸福論について書いていくよ!

幸福についてはけっこう考えてきた、自分(書い人)。

正直言ってきつい半生ではあったから、自死や幸せについては非常に強く向き合っている。

かなり大雑把な雑記になったけど、いずれ1つ1つを細分化して記事を書くかもしれない。

まずはテスト記事、といったところかな。

十分幸せなはずなのに、数字を見たばかりに不幸に

不幸を呼ぶのは人間の欲(社長兼YouTuberのマコなり社長さんいわく、執着)だと思う。

特に、数字は強烈だと思う。

厳然たる事実として、巨大な絶壁のように立ちふさがる、数字

幸せならそれで良いはずなのに、営業利益やアクセス数などを気にしすぎて参ってしまう人は多い(自分もその1人だ)。

仕事をしているなら(特に雇われている人の場合?)、結果を出すのは当然なのかもだけど、他人と比べすぎるのは良くない。

収益やアクセスカウンターを無視すると幸せか?

まあ確かに、『結果を出す幸せ』というのもあるはずなんだよなー。

これだけお金を稼いだ(PV・アクセス数を集めた)自分すごい! って思えれば正直、素直に幸せだと思うし。

ただ、やはり他人と比べないのは重要だろう。

ささやかじゃない(豪華な)幸せとは?

まとめると、大金持ちor大きな権力を握るかのどっちかになりそうだ。

両方を含む場合も多々ありそう(トランプ大統領とかが典型例)。

まあ、普通の人が手に入れるにはいろいろと現実的ではないのはわかる。

握ったら握ったらで、管理が大変そうだし、素直に幸せな人はある程度質素に生きていそうな気がしてならない。

幸せになりたければ、精神を削(けず)る競争をするな

数字の見せあいはやめておいたほうが良い(適度な競争になるならともかく)。

自分の中にぶれない価値基準・判断基準を持つのは大事。

まず自分の幸せありきで他人の幸せを願い、その信念を基(もと)になにかを続けてたまたまお金が手に入る(お金持ちになる)とかが一番幸せなのだろう、とか思ったりする。

つまり、結果的に普通のささやかな幸せと、数字も手に入れる、これが一番だと心底思う。

狙って出せるものではない(制御不可能な)幸せもある

自分の制御(コントロール)の外側にある幸福には手を出さないのが無難。

より素晴らしい人生を送るために真剣に行動するのは大事だけど、『明日からなぜか大金持ちになって幸せになります』というのがありえないという考え方は非常に大事。

宝くじの1等が当たったとしても、使い方を間違って破滅する可能性は非常に大きい。

着実にレベルアップして、いつの間にか大きなことを成し遂げる人になってほしいですね。

他人の幸せを願う人であってほしい

なにを言っても無駄な層は一定数いるけど、このブログでは徹底して無視します。

自分には救えないわ、そんな奴ら。

また、自分を滅してまで誰かに尽くせとは言わない

ただ、ある程度自分の幸せが確保できているのならば、どうすれば他の人が幸せになれるのだろうか? ということを考える人間になってほしい。

ささやかながらの幸せを確保する方法、などはいろいろ別記したいと思う。

以上!